三陸旅行vol.6 門脇小学校の震災の爪痕

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門脇小学校を知っていますか?

石巻市立門脇小学校。

2011年3月11日の東日本大震災では、生徒、保護者らを裏山に適切に避難させ、校内にいた生徒全員が生存したことで取り上げられたこともある小学校です。裏山というのは日和山だと思われます。

日和山公園の南側、沿岸側に位置し、門脇地区を中心に学区を持っていましたが、震災後に近隣住民が減少し、石巻小学校と統合という形で2015年3月をもって閉校になりました。

震災から1年後の門脇小

2012年4月に石巻を訪れた際に、日和山公園から南に下りて門脇地区を歩いてみました。

地割れが起こったブロックタイルの上に「がんばろう!石巻」の石碑が建ち、復興するぞ!の文字。献花台も設けられており、何人かいた観光客の人たちと一緒に手を合わせてきました。

季節柄、こいのぼりが曇り空に力強く泳いでいます。

門脇町周辺の様子です。震災から一年が経ったにもかかわらず、被害の爪痕が生々しく残っていました。黄色の点滅信号。人気のない道をまばらに車が通ります。

とりあえずまっさらにならされているだけという印象でした。前回日和山公園から見た時から半年が経っていましたが、更地から特には変わっていませんでした。それが当然なのか遅いのかは僕にはわかりません。

門脇小にやってきました。2011年3月11日、多数の車が流され、ガソリンに引火したことで火災が起きました。黒く焦げた外観からもその被害がうかがえます。

2012年当時はまだ学校の周りに柵が設置されておらず、校庭を通って校舎に近づくことができました。この時はタクシーで石巻から女川町を回ってもらったのですが、タクシーの運転手さんに了承を得て校舎の方にも向かってみました。

職員室でしょうか。当時の当番が黒板には記されていて様々なものが倒れ、転がり、砂やガラスが流れ込んでいました。小さな引き出しや掲示物にごく普通の小学校の姿が見えます。だからこそ、とても辛いものでした。

校舎正面の中央は昇降口です。「門小」の校章がわずかに残っていました。

門脇地区から少し進むと車のスクラップが見えました。タクシーの運転手さんによると2011年内は至る所に車のスクラップが転がっており、2012年に入ってから集約され始めたとのことです。

 

2013年9月の門脇地区

翌2013年も9月に石巻を訪れました。この時は朝に仙台から入り、徒歩で歩きました。

「頑張ろう!石巻」の石碑は健在で、前年に比べるとがれきやスクラップは見当たらず、天気が良かったこともあるでしょうが更地に緑が映えている印象でした。

門脇小に来てみました。この時は既に校舎がシートで覆われており、周囲もフェンスで囲まれていて中には入れない状態でした。

門脇中学校、作新学院中等部の名前で「夢の花を咲かせよう」というプレートと花壇が校舎の外に設置されていました。

 

2015年5月の門脇地区

2015年5月にも門脇地区を歩いてみました。

小学校は変わらずフェンスが張りめぐされてシートに覆われている状況でした。

「頑張ろう石巻!」の石碑には再び鯉のぼりが。3年前より小ぶりです。

ところどころで舗装工事や地ならしをしているクレーン車、また交通整理をするガードマンの方が目立ちました。

石碑の周りはカラーコーンなどで立ち入り禁止の形になっていました。写真は全てその外側から撮影したものです。

 

2015年10月の門脇小

5ヶ月後にも門脇小の前を訪れました。前回と同じくシートに覆われていました。

 

門脇小学校と震災遺構

2017年11月現在、門脇小学校の校舎は、石巻市の震災遺構としてその半分ほどを残すことが決まっています。(残りは解体)

この震災遺構として保存するか解体するかを決める中では様々な意見が出ました。後世に津波の恐ろしさを伝えていくために残す必要があるという意見、一方で被災者の心の傷を広げるだけではないかという意見もありました。

当時小学生だった方、家族を亡くされた方、色々な人が発言し、時間をかけて重ねられた会議の結果、校舎の中央部分を残し、両端は解体するという折衷案で決着しました。

門脇小はあの日、津波により一階部分が被害を受け、二階と三階は火災によって延焼しました。津波火災という被害を表す遺構としては珍しいとのことです。

校舎内への立ち入りは禁止にして、内部に取り付けられたカメラを通じて映像で被害状況を確認する形が承認されました。

また、僕はまだ訪れたことがないのですが、石巻駅から9キロほど北に離れた大川小学校も河川の津波(北上川)で甚大な被害を受け、こちらは多くの死傷者が出ました。大川小の校舎は震災遺構として被災校舎全体を残すことになっています。

 

番外編・石巻市南部の景色(2013年9月)

2013年訪問時は門脇町から日和大橋方面まで南下して港を見てきました。良い天気だったので綺麗な青によく映えました。

旧北上川の中洲では食事をとれるお店があり、海鮮丼を食べてきました。けんちん汁だったか、付け合わせの汁がとても美味しかったことを記憶しています。

9月の平日でしたが前日にプロ野球の東北楽天が優勝したとあってテレビカメラも来ていました。

旧北上川の東岸は水産工場や倉庫がありますが、上の門脇町と同じく、この時期にはスクラップがあまり見当たりませんでした。

沿岸部に近づいていくと船が見えてきます。

黄色い花が印象的に咲き誇り、白い船と青い空、海と美しいコントラスト。こちらの港は石巻漁港(石巻新漁港)と呼ばれ、水揚げ量、水揚げ高ともに日本有数の大きな漁港です。

水産商工都市として発展してきた石巻の象徴的な存在で、震災で被害は受けましたが2011年中に水揚げを再開させています。

小さなスペースに集められたがれき。逆にこの程度が目立つほどには整備作業が進んできました。

漁港の岸壁は日本一の長さを誇る石巻漁港。海風を感じながら歩くのは、気持ちよかったです。美味しい海の幸を使ったお店はまた別の投稿でご紹介したいと思います。

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